蜀国の都・成都旅行と成都観光情報
成都市内名所旧跡 地方名物料理店 川劇劇場案内

写真にて成都市内名所旧跡をご紹介します。
「武侯祠、杜甫草堂、青羊宮、金沙遺跡と琴台路」

 武侯祠(ぶこうし或いは武候祠)
   三国時代、蜀国の都である成都市は劉備玄徳、諸葛孔明、関羽、張飛と超雲などをはじめとする蜀国の豪傑たちがかつて活躍していました重要な舞台です。成都市を中心に、成都市内及び成都郊外に沢山の三国志遺跡が残っています。徳陽市の?統墓(ほうとうぼ)、綿陽市の蒋宛墓(しょうえんぼ)、?中県(ろうちゅうけん)の張飛墓、大邑県(だいこうけん)の趙雲墓、勉県の馬超墓と武候祠などが歴代の三国ファンたちに建立されて、その時代の豪傑を記念し、英雄たちの輝かしい人生を物語っています。その中で、もっとも代表的な記念廟が成都に建立された武侯祠で、三国時代のシンボル人物・諸葛孔明を祭るところです。三国時代のことを物語る三国演義という小説では諸葛孔明が神様のような理想化知恵人物に描写されています、三国演義の中国全土での流行につれて諸葛孔明も中国人大好きな知恵のシンボルになったのです。成都市はかつて諸葛孔明が長年働いた都市で、そして5回も魏国を北伐する出発都市なので、ここにある武候祠が当然諸葛孔明ファンたちが必ずお訪ねするもっとも人気ある三国遺跡です。次は下記のように写真で武候祠をご紹介します。

武候祠正門
●住所:成都市武候祠大街
●電話:028−8557162
●入場料:60人民元/名

●成都の武候祠は劉備玄徳を祭る「漢昭烈廟」と諸葛孔明を祭る「武候祠」が合併されたお廟です。正式な名前は「漢昭烈廟」。



ローカルガイド室

●正門を入ってからのすぐ右側にガイドサービス室があります。日本語、英語、中国語、韓国語のローカルガイドサービスを提供しています。
費用は日本語と英語が150人民元/回。

蜀国の王様・劉備玄徳
●関羽、張飛と三人が義兄弟を結んで、しっかり義兄弟の誓いを守り、中国人の義兄弟結びの模範だと評価されています。

関羽雲長
●蜀の国の名将軍で、仁と義を命よりも重視していることから、中国人に崇められている男前の人です。

 
張飛翼徳
●三人義兄弟の弟で、心が優しいですが、性格がとってもせっかちで、乱暴です。ノンベーなので、一旦酒を飲み始まると必ず酔っ払うまで飲み続けるそうです。

蜀国勇猛武将代表人・超雲子龍
●押し黙り、文句言わず、効率良く働く人なので、現在超人気です。

諸葛孔明と同じ有名なほう統鳳雛
●知恵も有名度も諸葛孔明と同じクラスの軍師です。彼が劉備に四川省を占める策略を出して、四川省への出師も参加したのです。しかし、四川省を占める戦争中に38歳で戦死しました。

蒋宛
●蜀国末期の人物で、諸葛孔明の死後、彼が諸葛孔明の後継ぎで、蜀国の政治、行政、軍事、内政管理を総括担当しています。

武侯祠の入り口
●諸葛孔明が無くなった後の贈名が武侯なので、彼を記念するお廟は全部名前が統一されて、武侯祠(ぶこうし)です。

諸葛孔明
●鵞鳥の扇子を持つ智者姿が中国人のもっとも馴染みの諸葛孔明へのイメージです。

 
出師の表
●諸葛孔明北伐する時に、当時の王様・劉禅に書いた報告書です。忠国、忠王の儒教思想と命掛けて国に報いる気持ちを表している愛国文章として中国人に愛読されています。
字は南宋時代の民族英雄将軍・岳飛が書いたのです。

知恵のお守り
●諸葛孔明の顔が彫刻された金鍍金魔除けお守りです。

墓道
●劉備玄徳のお墓へ繋がる墓道で、赤色と煉瓦の神動物図案は魔除けの役目です。

 
劉備のお墓
●劉備玄徳が三峡辺りの白帝城で病死したのですので、本当に遺体を1000キロも離れた成都に運んで埋蔵したかどうかは謎です。仮説によると、成都のこのお墓には衣装しか埋蔵されていなかったそうです。発掘していませんので、まだ分かりません。お墓の高さ12m、一周回ると180mで、結構地味なお墓です。
 杜甫草堂(とほそうどう)
   唐代大詩人・杜甫が3年9ヶ月間成都に住んでいたところです。現在公園になっていて、公園の中に復元された杜甫の家、杜甫の銅像、石碑などがあります。

杜甫草堂西門
杜甫草堂チケット売り場
入場料:60人民元/名です。
 成都市内の最大道教のお寺・青羊宮
   唐時代に建立された青羊宮は成都市内の一番大きな道教道観で、道教の先生が50人も超えているそうです。唐「安史の乱」時代、玄宗皇帝が成都まで逃げてきた時に一泊したことがあるので、四川省辺りでもっとも線香の多い道館になりました。
青羊宮正門
青羊宮入り口にある線香売り場
 三星堆文明の続きと言われる金沙遺跡
   金沙遺跡は成都市西郊蘇坂郷金沙村にあります。2004年4月3日に発表された成都市考古学者の話によると、金沙遺跡の発見は三星堆遺跡発見に次ぐ四川省考古史上の最大事件だそうです。まだ発掘中の金沙遺跡から、既に金器30件、玉器400件、銅器400件、石器170件、象牙製品40件、1000キロの加工していない象牙と数多い陶器製品が発掘されました。発掘の続きで、もっと世界を驚かす文物出土する可能性もあるそうです。既に発掘された主に3つの時代のものです。大半数が殷商時代の末期(紀元前17世紀はじめ〜紀元前11世紀)と西周時代の初め(紀元前11世紀〜紀元前771年)に属し、少数が春秋時代(紀元前770年〜紀元前476年)に属しています。
   金沙遺跡から出土した文物を展示するために現在発掘現場に金沙遺跡博物館を急いで建設しています。博物館の予定オープン時間が2006年の12月1日だそうです。
金沙遺跡博物館正門(建設中)

金沙遺跡発掘現場
●金沙遺跡から沢山の文物を出土しましたので、文物の出土現場を保護展示するために、現代的な建物が建てられました。

建設中の金沙遺跡博物館
●工事を急ぐ金沙遺跡博物館が2006年12月1日オープンする予定だそうです。
 成都最古のレストラン街・琴台路
   伝説によると前漢時代の大文豪・司馬相如は、出世するまで奥さんの文昭君と酒屋をやっていたところだそうです。美しい愛の物語りが残っているこの町は歴代ずーと成都の高級レストラン街として有名でした、今でもこの街道には美味しい四川料理、火鍋料理の高級店が林立しています。
琴台路の入り口にある標識石碑

宝石屋さん
現在の琴台路には高級レストラン以外、沢山の高級宝石屋さんもあります。

高級レストラン